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芸術としてのものがたり 

「本屋でありとあらゆる出版社のアドレスを書き写し、原稿を送りつけました」 モモや果てしない物語の作者ミヒャエル・エンデが物語について語っています。

「たしかに、戦後四十年の現代文学においては、作者は読者を啓蒙し、知られざる事実のあれこれを知らしめるものだ、とする考えが風靡してきました。いわば、作者は読者に教訓をたれる教師だ、といったイメージです。が、私は、そんな創作態度を大いなる思い上がりだ、と断じます」

「音楽に理解はいらない。そこには体験しかない。私がコンサートにでかける。、そこですばらしい音楽を聴く。帰り道、私は、ああ今夜はある体験をした、という思いにみたされている。でも、私は、コンサートに行く前と後とを比べて、自分かいくらか利口になった、なんて思うことはありませんよ」

本当の芸術は、耐えられないほどの悪や罪を描きます。悲劇の名作なんか、本当に耐えがたいものです。でも、それが舞台という魔術的な次元に移しかえられることによって、ホメオパティー的方法で観客のなかに逆方向の力を呼びさまします。観客をかえって健康にしてくれる力です。それが芸術の秘密です

「たとえば、むかい側の歩道で女性が男に襲われ、助けをもとめて叫んでいる。それをきみが路上でみかけるとしよう。そのとききみは、望む望まないにかかわらず、ただちにある種の道徳的な決断をせまられているわけだ。走っていって彼女を助けることもできるだろう。なにも気がつかなかったようなふりをすることもできるだろう。また、逃げだすことだってできる。どういう態度をとるにせよ、きみは、なんらかの形で道徳的な決断をくだすことになるだろうね。ところが舞台で、オセロがデズデモナを絞殺する。それをみるとき、きみは、道徳的な決断をせまられる状況にはいない。きみにはそれが、想像上のできごと、いやそれどころか、たんに舞台での演技にすぎないことがわかっている。にもかかわらず、このできごとにたいして無関心ではいられない。なにかを体験する」「それが自分自身を無意識のうちに変革するわけで、それが必要不可欠のものなのだ」==エンデと語る==



なるほど、感情や情緒を揺さぶられる物語は耐えられないほどの悪や罪そして悲しみが描かれています。今日はそのような芸術作品を産み出している作家のたまごさんを紹介します。


top60.jpg

     百瀬 遊さん  *My Blue Heaven*   

花屋さんで働く百瀬さんは『目を覆いたくなるほどのこと』を体験されてなお、優れた感性の結晶とも言うべき小説を書かれています。

百瀬さんのブログは『light』なものから『ultra heavy』まで4段階にカテゴリ別けされています。私のお気に入りはlightの中の花の名前が付けられた物語です。浮ついた男達への三行半、女性達への恋愛指南書といった趣のある物語・短編集です。
       ※誤記訂正 『花の歌シリーズ』は、『light』ではなく『midium』です。

なお、『ultra heavy』を読まれるときは若干の注意を必要とします。エンデも言ってます。

経験の成立するレベルを混同すると、経験は、人生に危険なもの、人生を破壊するものになる」くれぐれもご注意を。

comment

自分の傷を開いて、その中から結晶を取り出し、言葉として綴って行く作業は、誰でも出来るものでは無いと思ってます。

百瀬さんの才能はそこにあると私は感じています。
自分の血塗れの結晶をモノガタリに変える力です。

こうした才能のある方と出会えるのは、読み手である私達にとっても、幸せな事です。
  • 2009.05.10 09:57
  • URL |
  • e_fyu |
  • edit |

なるほど

無関心ゎ罪であるとゆ考え方もありますが
どんな物事にも当事者と傍観者があるもので
自分がどちらの立場なのかと瞬時に判断できるんですよね

当事者でもないのに当事者のように振舞うのも滑稽なれば
逆も然り

痛みを知る者が描く心の中の世界ゎ
時に刃にもなりますね
重々肝に命じます
  • 2009.05.10 11:20
  • URL |
  • 愛音 |
  • edit |

e_fyu さん

> 自分の傷を開いて、その中から結晶を取り出し、言葉として綴って行く作業は、誰でも出来るものでは無いと思ってます。

ええ、たとえが変ですが百瀬さんのブログを見た時、ブラックジャックに出会ったみたいな感じを抱きました。

> 百瀬さんの才能はそこにあると私は感じています。
> 自分の血塗れの結晶をモノガタリに変える力です。

とても美しい結晶です。百瀬さん自身が才能の結晶なのかも知れません。

> こうした才能のある方と出会えるのは、読み手である私達にとっても、幸せな事です。

同感です。同じ時間、同じ時代を生きながら読者でいられるのが嬉しいです。

Re: なるほど

> 無関心ゎ罪であるとゆ考え方もありますが
> どんな物事にも当事者と傍観者があるもので
> 自分がどちらの立場なのかと瞬時に判断できるんですよね

そうですね。どんな場合も場面設定は既に与えられていますね。好むと好まざるとに関わらずに。

> 当事者でもないのに当事者のように振舞うのも滑稽なれば
> 逆も然り

ええ、そのとおりです。

> 痛みを知る者が描く心の中の世界ゎ
> 時に刃にもなりますね
> 重々肝に命じます

難しいですね。受けて側の受け取り方まで作者は関与できないですから。
そのように鋭利なモノを扱う術を作品から学ぶこともできるでしょうね。

紹介先の百瀬さんのところに行ってきました。
圧倒された感があります。
ノンフィクションを、フィクションに変えているかのような美しい文体は、重い話というだけではなく、きちんと読み手に伝えたいテーマがあると感じました。

今日は頭痛薬持参ニャ。
  • 2009.05.10 21:14
  • URL |
  • えめる |
  • edit |

ありがとうございます。

百瀬 遊です。
今回は、本当に身に余るほどの素晴らしい紹介記事をいただきまして、誠にありがとうございました。

まだまだ感情で突っ切る未熟な部分もありますが、これからも頑張って自分の体験の中から物語を紡いでいこうと思っています。

皆様暖かく見守ってやってください。頑張ります。

ペカリさん、本当にありがとうございました。
また、コメントをお寄せ下さった皆様にもこの場をお借りして御礼申し上げます☆

P.S.『花の歌シリーズ』は、『light』ではなく『midium』の方に入っております^^*

Re: タイトルなし

> 紹介先の百瀬さんのところに行ってきました。
> 圧倒された感があります。

ええ、圧倒されますね。そして包まれるようでもあります。

> ノンフィクションを、フィクションに変えているかのような美しい文体は、重い話というだけではなく、きちんと読み手に伝えたいテーマがあると感じました。

文章がとても美しいのも際立っていますね。

書くと言うこと、
描くと言うこと、
創ると言うこと、
それらすべてを含めて表現すると言うことは、
自分を削らなきゃできない。

自分の魂が揺さぶられなければ、それはただの
点と線の繋がり。

作文は言葉に命を吹き込む作業。
その命は自分の命そのもの。

じゃなけりゃ、なにも伝わらない。
死んだ言葉は要らない。


と、えーかっこしーのジャニーズ系チェーンスモーカーペンギンは、
ヤニが回った頭で思うのでした。


  • 2009.05.10 23:12
  • URL |
  • オイラ |
  • edit |

オイラ さん

> 書くと言うこと、
> 描くと言うこと、
> 創ると言うこと、
> それらすべてを含めて表現すると言うことは、
> 自分を削らなきゃできない。

そうですね。孤独な作業です。

> 自分の魂が揺さぶられなければ、それはただの
> 点と線の繋がり。
>
> 作文は言葉に命を吹き込む作業。
> その命は自分の命そのもの。
>
> じゃなけりゃ、なにも伝わらない。
> 死んだ言葉は要らない。

わかります。

> と、えーかっこしーのジャニーズ系チェーンスモーカーペンギンは、
> ヤニが回った頭で思うのでした。

ジャニーズ系? 福山雅治ってジャニーズだったの?

ペカリさん、現代小説ランキング一位なんですね!
すごいです。さっきポチして気付きました~。
この調子で頑張ってくださいね♪
  • 2009.05.11 12:00
  • URL |
  • 琴美 |
  • edit |

琴美 さん

琴美 さんも重いテーマに挑戦されてますね。応援してますよ。がんばってください。

え?!

ふ、福山雅治も竹野内豊も、小栗旬も、松山ケンイチも、

ジャニーズじゃないの?!


とかノリツッコミをしつつも、
何気なくさりげなく、無意識に
すぅっと入っていけるペカリさんの文章には、
アクエリアス的な浸透力を感じております。

  • 2009.05.11 22:17
  • URL |
  • オイラ |
  • edit |

オイラ さん

> ふ、福山雅治も竹野内豊も、小栗旬も、松山ケンイチも、
> ジャニーズじゃないの?!

松山ケンイチ ←ありえねえっ!!

> とかノリツッコミをしつつも、
> 何気なくさりげなく、無意識に
> すぅっと入っていけるペカリさんの文章には、
> アクエリアス的な浸透力を感じております。

違います。ペコリスェットです。
  • 2009.05.11 23:08
  • URL |
  • ペカリ |
  • edit |

全くです。

今年になって書き始めて小説とは何ぞやと色々読むと、おっしゃるとおりの答えに出会います。
そして遊さんの作品は数少ない「本物」の中のひとつだと思います。
辛い記憶を文章というカタチにするのは、やっとできたかさぶたを無理やりはがすような感じがするよう思います。治っていたり、まだ血が噴出していたり。それをなさっているから本物だと思っています。
人生の大事な問題からすぐ目をそらして、こじんまりとかわいい人生しかおくってない者にはその足元に到底およぶべくもあらずと、いつも思います。
  • 2009.05.14 20:24
  • URL |
  • 雨宮樹理亜 |
  • edit |

Re: 全くです。

> 今年になって書き始めて小説とは何ぞやと色々読むと、おっしゃるとおりの答えに出会います。

良かったあ、同意していただけて嬉しいです。

> そして遊さんの作品は数少ない「本物」の中のひとつだと思います。
> 辛い記憶を文章というカタチにするのは、やっとできたかさぶたを無理やりはがすような感じがするよう思います。治っていたり、まだ血が噴出していたり。それをなさっているから本物だと思っています。

ええ、間違いなく『本物』です。
  • 2009.05.14 21:18
  • URL |
  • ペカリ |
  • edit |

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